見えないつながりについて

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Apple の元最高デザイン責任者、ジョニー・アイヴ が、チーフデザイナーだった頃に、スティーブ・ジョブズ から聞いた言葉があります。

「なぜ私たちは美しいプロダクトを作るのか」という問いに対し、ジョブズはこう語ったそうです。

何かを愛情と丁寧さを込めてつくるとき、その製品を使う人のことを、自分たちは知らないかもしれない。 相手も、自分たちのことを知らないかもしれない。 互いに握手を交わすことすらないかもしれない。

それでも、その人が自分たちの作ったものを手にするとき、私たちがそれを作ること自体が、「人類という存在への感謝」を表現する一つの方法なのだ、と。

また、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ は、こんなふうに語ったといいます。

夜空の星々を眺め、宇宙の壮大な歩みを思うとき、私たちを取り巻くすべてが――それを賛美する人間の心に映し出されるのを――待っているのだ、と感じずにはいられない。 (―― ルドルフ・シュタイナー による引用)

ジョブズは、美しいプロダクトをつくることは、顔も知らない誰かへ感謝を届けることだと語った。 一方ゲーテは、人が夜空を見上げ、壮大な宇宙に想いを馳せる時、初めて宇宙はその姿を現すのだ、と語った。

つくり手は、渾身の愛情を込めて何かを生み出す。 けれど、それを受け取り、使い、感じる誰かがいて、初めてその営みは完結する。

宇宙はそこに在る。 しかし、それを感じ取り、受け止める人間がいて初めて、その美しさは意味を持つ。

つまり、両者に共通しているのは、 「与える側」と「受け取る側」が出会う瞬間に、何か聖なるものが立ち現れる という感覚なのだと思います。

宇宙と人間。 つくり手と使い手。 互いに顔も名前も知らない。 それでも、その見えないつながりの中にこそ、美しさや感謝や意味が宿る。

さらに言えば、ゲーテは「人間が宇宙を受け取る側」に立ち、ジョブズは「人間が人間へ贈る側」に立っている。 けれど、その根底に流れている問いは、同じなのかもしれません。

「見えない相手との、見えないつながりを、どう生きるか」

アートも、文学も、演劇も、音楽も、そして学問も、受け取る人がいなければ存在できません。

だから本来、「学びの場」とは、教える/教えられるという一方通行の関係ではなく、互いが互いに触発され、感謝し、ともに豊かになっていく時間なのだと思います。

私たちA&ANSは、まさにそうした、互いの響き合いの中に生まれる「本物の学びの場」を目指しています。

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