読んでこなくてもいい読書会ー『生きること 学ぶこと』内田義彦 ー
戦後を生きた経済学史・社会思想史の学者、内田義彦の『生きること まなぶこと』を取り上げます。
この本で内田は、近代社会を支えてきた「分業」の問題を問い直します。

産業革命以後、社会の分業化は進み、
ある分野に特化した「専門家(スペシャリスト)」が生まれました。
それは複雑化する社会を、効率的かつ合理的に動かす大きな力となりました。
しかし同時に、
「専門家」と「素人」という分断も生まれます。
その結果、
仕事をする自分(専門家の眼)と
生活をする自分(素人の眼)が分裂していきます。
ある分野では卓越したスペシャリストであっても、
ご飯のおいしい炊き方を知らなかったり、
AIの専門家でも春の星座を知らなかったりする。
一人の人間の中に、
「専門家」と「素人」が同時に存在しているのです。
A&ANSとして10年活動してきましたが、
いま、この分断はさらに進み、
学界という小さな世界に、本来広い海である「学問」が押し込められているようにも感じます。
そもそも学問は、
この世界に生きる多くの「素人」のための営みだったはずです。
それが、いつのまにか違うものになってはいないでしょうか。
内田は、分業や仕事を超えて世界を俯瞰するまなざしを
「カメレオンの眼」と呼びました。
学校教育だけでは育ちにくいこの眼こそ、
高度に分化した現代社会において、ますます重要なのではないでしょうか。
AIが知識の集積や情報処理を担う時代、
人間に求められるのは、
世界を統合的に見渡すこの眼なのかもしれません。
内田は最終章「芸術を問う ― 学問と芸術」で、こう書いています。
人類のあけぼのの時代、未分化な形で結びついていた学問と芸術が人間を支えました。
洞窟に残された未開人の画は、芸術的に見ればすばらしい作品です。
しかし狩猟をする人間にとっては科学的記録であったのかもしれない。
そこからさまざまな科学も芸術も生まれる、人間独自の探究心の所産であったと見ることができます。
その後、芸術と学問は分化しましたが、歴史の結節点結節点では両者の共働が見られます。
芸術は、なかんずく価値観の転換という一点において、学問に方向づけを与えました。
まさに素人から全ては出発しているのだと思います。
素人は、無知でも無力でもない。
そう教えてくれているように感じます。
当日は、大学で渦の物理を研究し博士号を取得後、
松葉舎、coconogacco、Kaikai Kikiアーティストのチューターとして、
素人と専門家、芸術と学問の境界を横断しながら独自の探究を続ける江本伸悟さんとともに、
ゆっくりと言葉を味わいながら読み進めます。
未読でもまったく問題ありません。
「学ぶ」とは何か。
「生きる」とは何か。
いま改めて、この問いをともに考えてみませんか。
どうぞお気軽にご参加ください。
日時:2026年3月29日(日)14時〜16時
会場:国立市公民館小集会室(10名)
国立市中1-15-1
中央線国立駅南口から徒歩7分。富士見通り沿いにあります。
参加費:2,000円(会場にて清算)
ナビゲーター/ 江本伸悟

Official Web site
松葉舎主宰。1985年、山口県下関市に生まれる。2014年、東京大学大学院で渦の物理を研究し、博士号(科学)を取得する。
2017年、私塾・松葉舎(しょうようしゃ)を立ちあげ、科学、哲学、芸術、音楽、ファッション、ダンスなど、
分野の壁をこえた会話を通じて、こころ、からだ、いのちの探求をつづけている。
主催:A&ANS(ART & ACADEMIA NETWORKING SERVICE)