―表舞台に現れない美術史がそこにあったー
2019年の1月末、イタリアを訪れたとき、そして40年前にパリに行ったとき、
強く印象に残ったのは、美術館の所蔵品の多さでした。
それも、企画展ではなく、常設で、きちんと展示されている。
たとえばルーブル美術館なら、ダ・ヴィンチの『モナリザ』、ダヴィッドの『ナポレオンの戴冠式』、ドラクロワ『民衆を導く自由の女神』。
イタリアのウフィツィ美術館なら、ボッティチェリ、ラファエロ、カラヴァッジョ。
日本でもよく知られた名画ですが、
その周囲には、無数のダ・ヴィンチやラファエロ、
ボッティチェリ的作品が、裾野のように広がっています。

それらを見ていると、
あの名作は、たったひとりの天才が突然生み出したものではない、
ということがよくわかります。
そこに至るまで、無数の試行錯誤があり、
創造の苦悩や喜びを抱えた多くの芸術家がいたのだと思わされるのです。
研究でも、美術でも、
一朝一夕に突然、素晴らしい作品が現れるわけではありません。
その時代の中で長く涵養されてきたものが、
あるとき結実し、象徴のような作品として姿を現す。
その背後には、膨大な作品群が必ず存在しているのだと思います。
海外の美術館には、
その「多くの作品を生み出した無数の芸術家」への
リスペクトがあるように感じます。
だからこそ、廊下にまで一つでも多くの作品を並べようとしているのはないでしょうか。
それでもなお、失われてしまった絵画や彫刻は
きっと山ほどあるはずです。
それは過去の話ではなく、今も変わらず続いていることなのだと思います。
本当に価値のあるものが失われないようにするには、
そして、名もなきまま去っていった人々の想いや犠牲にも
光を当てるために、私たちには想像力が必要なのでしょう。

