「遊び」についての考察 2026
—— ホモ・サピエンスからホモ・ルーデンスへ——
A&ANSの活動も、おかげさまで10年目に入りました。
これまで関わってくださったすべての方々に、心より感謝申し上げます。
2026年のはじめにあたり、2021年に書いた文章をもとに、
あらためて、A&ANSのコンセプト「ホモ・サピエンスからホモ・ルーデンスへ」を
言葉にしてみたいと思います。
人類の歴史は、私たちホモ・サピエンス――
「考えるヒト」「理性のヒト」が築いてきたものだと、長く語られてきました。
しかし近年、その理解は少しずつ更新されています。
サピエンスが他の人類種を圧倒できた最大の強みは、
理性そのものよりも、「虚構(物語)を信じ、共有する力」にあった、という見方です。
国家、通貨、宗教、制度。
実体のない物語を信じ合うことで、私たちは見知らぬ他者と協力し、
巨大で複雑な社会を築いてきました。
けれども2026年の今、その「物語」は、
私たちを支えるものというより、
縛り、追い立てるものへと変質しつつあるように感じます。
経済成長、生産性、効率、競争。
かつては繁栄をもたらしたこれらの物語が、
格差を固定し、分断を深め、人を消耗させる装置になってはいないでしょうか。
AIの進展によって「正しさ」や「最適解」が加速的に量産される一方で、
人はますます不安定になり、
自分が何者で、なぜ生きているのかが見えにくくなっています。
コロナ禍は終わりました。
しかし、そこで露呈した脆弱さは、何一つ解消されていません。
つながっているはずなのに孤立していること。
選択肢が増えたはずなのに、息苦しいこと。
合理的であるほど、どこか空虚になること。
私たちは、このまま
「生産性・効率性」という物語を更新せずに生き続けていけるのでしょうか。
そんな問いを抱え続ける中で、
私が何度も立ち返ってきたのが、
ヨハン・ホイジンガの『ホモ・ルーデンス』です。
ホモ・ルーデンス――「遊ぶ人」。
ホイジンガは、遊びを
余暇や気晴らしとしてではなく、
文化そのものの源泉として捉えました。
法、芸術、宗教、学問。
人間の最も真剣で高度な営みの始まりには、
必ず「遊び」の構造があります。
遊びとは、
効率や損得、正解・不正解という尺度の外側で行われる、
自発的で自由な行為です。
実際に“遊ぶ”ということより、そのマインドを持つ、ということです。
効率や損得、正解・不正解という尺度から自由になる。
難しく考える必要はなく、日常の中で、それを少しだけ意識するということです。
それは、サピエンスが持つ「物語る力(虚構)」の、
最も純粋で、最も創造的な力を発揮すると考えます。
理性に追い詰められ、限界を迎えつつある今、
私たちに必要なのは、
理性的で賢くなること以上に
物語の源泉である「遊び」へと立ち返ることだと感じています。
つまりものごとをおもしろがること、楽しむこと
学問の力(理性)とともにアートの力(感性)を両輪に
新しい問い、新しい関係、新しい世界を描き
生きるための、きわめて現実的な試みです。
A&ANSは〈学=楽〉と学びを捉え
それぞれの「楽しい」「気になる」「やってみたい」を
安心して探究できる「場」を目指したいと思います。
生命を維持するだけの生活ではなく
誰もが遊び、考え、つながり
生きていると実感できる。
ホモ・サピエンスから、ホモ・ルーデンスへ。
それは人類の進化というより、
私たち一人ひとりの生き方の更新なのかもしれません。
よろしければ、
2026年も、一緒に新しい遊び(物語)を始めてみませんか。
