物理学者・江本伸悟さんの私塾「松葉舎」に以前通わせていただいていました。私塾で読んでいたアンディ・クラーク著『現れる存在(Being There)』について学んでいました。その中でも特に印象的だったのが、「創発する知性」という考え方についてです。
アンディ・クラークによれば、「人間は頭の中で完結的に思考しているのではなく、環境とのインタラクションの中で問題を解決しており、そのプロセスこそが“思考”の本質である」というのです。「私が思考する」というより、「私が思考の中にいる」と表現する方が適切なのだと。
このような知性の立ち現れ方を説明するキーワードが「創発(emergence)」です。江本さんはその具体例として、「シロアリとスティグマジー(Stigmergy)」の話を紹介してくださいました。
シロアリはそれぞれが泥玉を作り、その表面に化学物質を塗りつけます。匂いの強い場所に他の個体が反応し、そこにさらに泥玉を積み重ねていく。こうして自然に柱が形成され、隣り合う柱同士は相互の匂いに影響されて次第にアーチ状に繋がっていくのです。この一連のプロセスには、設計図も建築家も存在しません。全体の構造は、個々の局所的な行動とその痕跡(スティグマジー)によって“創発的に”生まれるのです。
これは一見シンプルな話に見えますが、実は私たち人間の行動や社会にも、同様の創発的プロセスがあるのではないか。私たちも、より複雑な形で、環境や習性の中で行動し、その痕跡が新たな知性や構造を生み出しているのではないか——そんな視点が提示されました。
また、ロボット工学者ロドニー・ブルックスが提唱する「表象なき知性(Intelligence without representation)」にも話は及びました。身体を持つロボットが、世界の中で直接的に思考するように設計されることで、逆に人間における「知性」や「意志」の本質がより深く理解されつつあるのだそうです。
AIが人間に取って代わるという懸念が語られる時代ですが、むしろそこから、人間自身の特異性や可能性が見えてくることもある。善悪や優劣といった単純な枠では語れない、より複雑で動的な知性のあり方——それが「創発する知性」なのだと感じました。
この概念はまだ思考途中ですが、今後さらに深く掘り下げていきたいテーマです。